12歳のチワワの男の子が、「頻尿としぶり、血尿が止まらない」という主訴で、セカンドオピニオンを求めて当院に来院されました。お話を伺うと、実は2年前から時折血尿が出ていたとのこと。しかし、すぐに治まるため様子を見られていました。2週間前から症状が悪化し、前医での外力性カテーテル吸引法によるセルパック(細胞診)検査の結果は「炎症性」。抗生剤などで治療を試みるも、症状は改善しなかったのです。
当院での精査:隠れていたポリープと結石による拡張不全
当院で改めて詳細な画像検査を行ったところ、以下の2点が明らかになりました。
- 前立腺尿道内の結石
- 膀胱尖部にある有茎性のポリープ



長年の結石による慢性的な刺激で、膀胱は激しい炎症を起こし、「拡張不全(おしっこを十分に溜められない状態)」に陥っていました。
治療の提案:QOL改善と確定診断を兼ねた外科手術
「炎症性」という前医の結果もありましたが、超音波像からは腫瘍の可能性を拭いきれません。そこでご家族には、以下の2点を目的とした手術を提案しました。
- 結石の除去: 慢性膀胱炎の解消と排尿機能の回復。
- ポリープの切除と病理組織診断: 本当の病態の確定。
飼い主様のご同意を得て、膀胱切開による結石摘出およびポリープ切除術を実施しました。

膀胱腫瘍

膀胱結石(リン酸アンモニウム、シュウ酸カルシウム、リン酸カルシウム 混合結石)
病理結果の衝撃:「低悪性度尿路上皮癌」とダーティ・マージン
病理組織診断の結果は、「低悪性度尿路上皮癌」でした。
前医での細胞診(セルパック)では「炎症性」との判断でしたが、実際には悪性腫瘍が隠れていたのです。犬の尿路上皮癌は炎症と非常によく似た細胞像を呈することがあり、診断には注意を要します。
また、切除マージン(切り口)は「ダーティ(不完全切除)」でした。尿路上皮癌はその浸潤性の高さから、目に見える範囲を取り除いても、細胞レベルで癌が残ってしまうことが多い非常に厄介な腫瘍です。
術後の維持療法:内科の力で抑え込む
手術後、チワワちゃんの排尿様式は劇的に改善しました。物理的な刺激(結石と腫瘍)を取り除いた効果です。
「マージン・ダーティ」という結果を受け、私たちは残った微細がん細胞を抑え込むための追加治療を開始しました。
- ミトキサントロン(抗がん剤): 3週間に1回の投与
- フィロコキシブ(NSAIDs): 腫瘍増殖抑制効果を期待した継続投与
同様の「外科切除+維持療法」により、2年以上の長期寛解を維持した報告もあります。
術後6か月の現在:再発・転移なしの記録更新中!
手術から6か月が経過しました。定期的な検診において、抗がん剤による大きな副作用もなく、膀胱内の再発も、肺やリンパン節への遠隔転移も認められていません。
結びに:診断に迷ったら一歩踏み込んだ検査を
今回の症例は、「炎症」と診断されていても症状が改善しない場合に、いかに詳細な精査と病理診断が重要であるかを再認識させてくれました。
もし愛犬の血尿や頻尿が「いつもの膀胱炎」として片付けられてしまっているなら、一度セカンドオピニオンや、BRAF遺伝子変異検査などの最新の検査を検討してみてください。
この記事のまとめ
- 2年間続いた間間欠的な血尿の背景に「低悪性度尿路上皮癌」が隠れていた事例
- 細胞診(セルパック)で「炎症性」と出ても悪性腫瘍を否定できない場合がある
- 不完全切除(ダーティ・マージン)でも外科手術と内科療法の併用で6か月間再発なしを維持
